聖帝さまの小話

基本、思い出。

『ねぇ千秋』

ホテルの外は雨が降っているらしい。 ベッドシーツに裸のまま寝転がり、 左手のタバコに火をつける。 ゆらゆらと立ち上がる白い煙は、 私の身体を過ぎて窓の方へ流れていく。 ホテルの部屋で吸うタバコは、 いつも苦い背徳の味がする。 その白い煙の向こうで…

『渓流』

東北地方を縦断する奥羽山脈の北の果て、 青森、秋田にまたがる白神山地の奥深く。 ブナの原生林の中を渓流が流れる。 これは、その奥入瀬(おいらせ)渓流に生きた、 一匹の魚のお話。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今日もイワナ(岩魚…

カツレツ『たけだ』で打線組む。

上智大生にはお馴染みの名店。 しんみち通りにある カツレツ『たけだ』 私自身、四ツ谷で長く一人暮らしを していたこともあって、 この店にはよく来た。 この店はいつも、お腹を空かせた サラリーマンとOLで満席だ。 お昼時には長蛇の列が出来る。 私も、も…

雪解けを待つ女

ミッキーが死んだ。 本当に、突然だった。 彼は四年前の年末、 自宅の風呂場で心臓発作を起こして、 そのまま死んだ。 彼とはひょんなことから 中国の上海で知り合い、 それからまた縁あって、 この新宿 歌舞伎町で再び会うことになるのだが、 倍近く年齢の…

見舞いにきた古い友人。

師走のふたご座流星群が、 冬の澄んだ夜空に星を落としていた。 私が大酒を飲むのはいつものことだが、 今度ばかりは反省している。 私は午前3時、寒い駅前の広場で心臓をおさえ、 意識を失い、救急車でこの江戸川病院に 運び込まれた。 薄れゆく意識の中で…

失われたデータを求めて

連日のうだるような暑さで、 真夏の新宿 歌舞伎町はアスファルトを焦がしながら 街全体が蜃気楼のように湯気を上げていた。 七月の末、大暑の東京。 私は新宿 歌舞伎町近くにある 細長い雑居ビルの一室に入っている 雀荘『梁山泊』で いつものように仲間と麻…

私の父親。

ーはじめにー こんな私にも、父親という存在がいる。 ツイッターであまり父親について語らないのは、 私自身、『私の父親』という存在を、 うまく飲み込めていないからだ。 私はツイッターでもなんでも、 書きながら物事を整理するタイプだ。 これは私の父親…

『八尺様』と芦毛の馬

東京は大都会で、毎日ふつうに生活しているだけで 無数の人の顔とすれ違う。 見惚れるほど美しい女性の顔もあれば、 頭の禿げている疲れた中年男性の顔も、 歯の生え揃ってない子供の笑い顔、 スマホをニヤニヤしながら見てる若者の顔。 数えだしたらキリが…

無敵のR子

秋の冷たい雨が、四ツ谷に降り注いでいた。 ほんの一週間前までは、まだこの街にも 夏の日差しが照りつけていたというのに、 秋物のシャツをクローゼットから出して間もなく、 また冬用のジャケットを引っ張り出さなければ ならなかった。 すっかり暗くなっ…

三軒茶屋 梨の木の思い出。

三軒茶屋にはちょっとだけ縁がある。 大学1年の頃に付き合っていた彼女が、 ここ三軒茶屋に住んでいた。 私は当時住んでいた文京区本郷の部屋で ガス、水道など公共料金の支払いを滞らせては、 一週間ほどの荷物をまとめて、 三軒茶屋にある彼女の家に転がり…